デザインの余白

グラフィックデザイナーのひとりごと。デザインのこと、京都のこと、そして気になること。

はじめての海外は、ビンタンの味

Bintang Beer


お久しぶりです。
ぐりぐらです。

コロナ禍などもあり、4年もお休みしてしまっていました。


さて、久しぶりついでに思い出した話。

僕がはじめて海外に行ったのは、今から30数年前。
当時は駆け出しのグラフィックデザイナーで、時代も昭和のバブル崩壊直後くらい。
まだまだ広告業界は元気で、仕事は徹夜続き、朝か夜か分からないくらい毎日追い込まれていたけれど、なぜか楽しくて仕方なかったのでした。

そんな広告業界がキラキラしていた時代、インドネシア政府から依頼があり、インドネシアの国営航空会社が企画したという、日本のメディア、広告代理店、デザイン会社を集めてインドネシアを広く知ってもらい、コマーシャルなどに使ってもらおうキャンペーンが展開されました。

で、当時務めていた会社の代表として上司が行くことになっていたところ、体調不良か別のロケが重なったかで、僕が代打で行くことになりました。

もう、めちゃくちゃラッキー!

ただ、僕がそれまで海外に一度も行ったことがなくて、パスポートを取得するのにてんやわんやしたのですが、何とか代打指名から1週間後に日本を出国できました。今は、パスポートの発給も随分早くなったようですが、昔は確か申請から発給まで1週間程度掛かったと思います。(僕の場合、会社の業務命令書で即日発給してもらったのですが)

 

二十歳を少し越えたくらいの駆け出しデザイナーの僕が、一流の広告人に混ざるきっかけは、僕の上司が体調不良になるというとてもイレギュラーで、僕にとってはラッキーなものだった。

そして、往復ビジネスクラスで移動し、インドネシアの最高級リゾートホテルに泊まり、観光名所をガイド付きで案内していただき、インドネシアの歴史と日本の関係などのレクチャーを受け、とても濃い数日間を過ごして帰ってきました。もちろんスマフォもSNSも無い頃なので、一眼レフで撮った写真(ポジ)をスライド化して社内で発表するという形で報告会を行いました。いや〜楽しかった。

それからインドネシアとはご縁があったのか、何度も仕事で行く事になりました。
現地で仕事の後に飲むビールがまた最高に美味かった。(なぜか現地のビールを日本で飲んでも美味しく感じない)

 

と思っていたけれど、先日友達がくれたBINTANGは、久しぶりに美味しかった。
インドネシアの話も、初めての海外も、このビンタンで思い出したので、久しぶりにブログに書いてみようかなと思ったのでした。


と言うことで、また。


 

 

 

デザイナーになるには、大学と専門学校のどちらが有利なのか的な話

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REI KAWAKUBO COMME des GARCONS


明けましておめでとうございます。

このHatena Blogで「デザインの余白」を書き始めて約9年になります。そして前回の更新が2020年5月だから、2年ほど空いてて実質ブログ歴は7年と言うことになります。こんな不定期なブログでも読んでくださる方がいらっしゃるのがとても有り難いです。

ということで、ご無沙汰しております。ぐりぐらです。

 


さて、昨年末にあるクライアントと打合せの席で、こんな質問を受けました。

「娘がデザイナーになりたいと言ってるんだけど、美大系の大学か専門学校かどちらに進学するのが良いと思われますか?」


う〜ん。どうなんだろうか。

僕は普通科の高校を卒業した後、一日でも早くプロとして稼げるようになりたいと考えたので専門学校を選びました。そして、その選択は間違いではなかったと、今も思っています。しかし、専門学校に入るための費用を稼ぐために、高校卒業後1年だけバイトをしまくった期間を入れると、結局専門学校の卒業までに3年掛かってるので、大学に行ってたとしても時間的にはそれほど変わりがなかったかも知れません。

で、さっきの質問の答えですが、僕はこう答えました。

「可能であれば、大学へ進学することをお勧めします。専門学校でも大学でも良いのですが、よほどの強い意志と具体的な目標がないとデザイナーなどのプロとして食っていくのは難しいかも知れません。ですが、その4年間なり2年間で学ぶことや、そこでつくられる人間関係は一生ものだと思いますし、後から買えないものなので、いずれにしても進学しておく方が長い人生でプラスになんじゃないでしょうか。」

僕のようにとりあえず専門学校に入って、その間にデザイン事務所を回ってタダ働きしながら学校に通うようなことも無駄ではなかったと思うけれど、デザインや美術や歴史などを学問としても真剣に向き合う時間が必要だし、友人や師と仰ぐべき人たちに出会うことも大切だと思います。

大学で美術を勉強しなかったとしても、プロとしてデザインを続ける内には、いつかそれらを知る(学ぶ)必要が出てきます。そして、人とのつながりや人脈というよりも、人との接し方や距離感、コミュニケーションの取り方など、社会で仕事をする上で必要なことを学ぶことも大事だと思います。
これらの学びは、順番の違いがあっても、いつかどこかで必ずやらなければならないし、必ずその時が誰にでも来ると思うのです。その来た時にちゃんと向き合うことができるのか、またそれに気づくことができるのかという問題はあるんだけど。

大人になって仕事を持つと、何かと忙しかったり、いろんな事を理由に言い訳をしては避けてしまうことが多いので、そんなことも自分自身で反省しつつ、というかできることなら死ぬまでに大学という場所で学んでみたいということを考えたりしています。これまでの人生を振り返っても、僕は人よりも色んなことのタイミングがズレてる気がするんだけど、特に不具合もなかった気がします(笑

ということで、久しぶりの更新になりましたが、今年もよろしくお願い致します。



トップの写真は『REI KAWAKUBO COMME des GARCONS』の表紙。白い紙に、ほっそいエッジの型押しだけってのがシビレます。ま、この上にうっすい紙にスミコツで同じフォントが印刷されてるんだけど。どの世界でも極めると、男とか女とかそんなのは関係ないんだと思ったりします。

 

 

こういう時こそ、愛とユーモアだよね

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2020年5月6日。
約2ヶ月ぶりの更新です。

新型コロナウィルスにより、世界中が鎖国状態を余儀なくされ、日本でも非常事態宣言が出て外出自粛の日々のなか、GW(ゴールデンウィーク)も今日で終わり。外出自粛要請も5月末まで延期され、解除される前提で決まっていた週末の出張も、明日になるまで相手先とも連絡が取れない状況だったり。

自粛で飲みにも行けず、連休も自宅で読書をしたり、料理を作ったり、庭を掃除したり、部屋の模様替えをしたりと、それはそれで忙しかったりする。やはり何かしていないと落ち着かない性分なのかなと思ったり、割とどんな状況でも楽しみを探せてしまうのだなぁと思ったり。



祇園祭が中止に

僕の住む京都は、最大のイベントである祇園祭も今年は中止となりましたが、「居祭」という形で神事は執り行われるとのこと。元々疫病を鎮めるために始まったお祭りなので、取りやめてしまうことは本末転倒だという声もあるなか、やはり山鉾を建てると規制をしても人は集まってしまうということで、苦渋の決断だったと思います。(神事により疫病は鎮まることを願います)

ちなみに、これまで約1150年の祇園祭の歴史の中で、中止となったのは2018年の猛暑による花傘巡航の中止を入れても数えるほど。

◯2020年 新型コロナウィルス
◯2018年 猛暑(花傘巡航のみが中止)
◯1962年 四条通の地下で鉄道延伸工事
◯1941年 太平洋戦争
◯1582年 本能寺の変
◯1467年 応仁の乱

こうして見ると、地下鉄延伸のためと猛暑を除いては、その殆どが国を揺るがす大事=戦争の時なんですね。

gridgraphic.hatenablog.com

 


思い出した言葉

僕は第二次世界大戦後の昭和生まれなので、昭和・平成・令和と3つの時代を生きてきて、祇園祭が中止になるほどの「戦争」は体験してないけれど、考えると阪神淡路大震災東日本大震災をはじめ、度重なる天災を経験してきました。その都度、絶望的になりながらも日本人は災難を乗り越えて来ています。そして、きっとこのコロナも乗り越えられるという根拠のない自信のようなものがあったりします。


明日からもまた当分の間自粛は続きますが、自分にできること、そして自分がやらずに済むことも考えていきたいと思います。まずは、どんな状況でも明るく楽しく笑って居られる状況を作ることができれば、ストレスも少なく免疫力も下がらない気がします。

社会に広がる不安や不満、そして不信を助長するのではなく、こういう時こそ愛とユーモアが必要だと思うのです。「愛と怒りとユーモア」という言葉を、僕はデザイナーとしていつも心に持っているのですが、今回は取り敢えず「怒り」を鎮めておきたいと思います。


最後に、幼い時に見たテレビ番組の冒頭に流れた言葉を思い出したので書いておきます。これはマザーテレサの言葉だと聞いたことがあり、なんとなく納得したのでした。



「暗いと不平を言うよりも、進んで灯りを点けましょう」




写真は、去年うちの庭に咲いた紫陽花。今年も咲くと良いなぁ。

 

ボールの話

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人生で最初に買ってもらったのは、バットとグローブ

小学生の時、一番最初に父親に買ってもらったのが赤いバットとグローブ、軟式の野球ボールでした。

僕が小学生の頃は、将来なりたい職業の第一位が「プロ野球選手」で、当時は王、長嶋がONコンビとして現役バリバリで、後に王さんがハンク・アーロンメジャーリーグ通算本塁打(ホームラン)記録の755本を抜いて、シーズン公式戦通算本塁打868本という偉業を達成し、関西でも読売ジャイアンツのファンが結構居た時代。男の子は、野球とプロレスとスーパーカーに熱中し、僕もジャイアンツカードなんかを集めてたりして、弟と並んで撮った写真は、僕がジャイアンツで弟がタイガースのキャップを被っていた。

そんな昭和の時代なので、だいたいの家庭では男の子はバットとグローブを買ってもらい、ドラえもんでみる光景のように、放課後には近所の空き地に集まって野球をする毎日だった。うちは野球嫌いで極真空手とボディビルを愛する父にも関わらず、近所の友だちと付き合えるようにバットとグローブを買ってくれて、休日にはキャッチボールにも付き合ってくれた。

なぜ赤いバットを買ってくれたのか、それは母が教えてくれたのだけど、巨人の川上哲治氏が赤いバットを使って居たからということで、僕はよく川上氏を知らないんだけど、父はどうせ野球をするなら川上哲治氏のようになって欲しいと思っていたらしい。

結局、小学生3年から、これも父の希望で剣道をはじめ、野球はその後まったくやらずに、どこかの熱烈なファンになることもなく現在に至るんだけれど。

 


ということで、今日はボールのお話。
フリーランスデザイナーとして、いつも心掛けていることを少しだけ。

 


デザイン以外の力と技術

僕の場合、フリーランスとして仕事をするなかで、多くの場合が中小企業や個人商店で、仕事の相談や依頼があっても、その依頼者から明確な資料や原稿が完璧な状態で渡されることは殆どありません。ヒアリングを繰り返して、聞き出して、手探りで真意を図り、場合によってはその会社が何をすべきかを提案することもあるくらい。

そういう場合、大体はこちらの希望や欲しい情報などを依頼者に伝えて、それらが出てくるのを「待つ」ことになります。そして、広報や宣伝部、企画室などある企業ならしっかりと情報が整理されて提供・支給されるんだけど、中小の場合は技術部門の人が広報を担当していたり、社長が企画をしていたり、営業も兼務していたりと、デザイナーが待ってても期待するような資料など出て来ずに、結局良くわからないままに進めてしまうなんてことがあるはず。

で、結局双方ともに消化不良、不完全燃焼で「?」な感じになってしまったり、クライアントは「なんか違う」とダメ出しをしたり、デザイナー側は「もっと情報をくれれば...」なんて思ったり。。


これって、良いことなんだろうか。
プロだから与えられた条件で、最良のものを作るのが当たり前では...
などと思うけれど、その「与えられた条件」や「情報」をもっと引き出せていたら、できることは増えるはず。

ということで、フリーランスは、まず「聞き出す技術」が大切になってくる。そして、それらの聞き出した情報を、その会社の企画・広報の人間になった気持ちで「情報整理」する。そして、最も有効と思われる方向と方法でアウトプットする。

それは、依頼者(クライアント)が作りたいと最初に相談してきた媒体やツールでは無いかも知れない。けれど、その会社やお店のために今、最良の提案をする「話す技術」も必要になってくる。そういう「デザインのまわり」の技術や知識、力もフリーランスには大切な、備えておくべき武器だと思います。

 


すべての仕事をなくして気づくこと

これらのことをスムースに、そしてスピーディに行うために、会話やデータのやり取りが必要になるけれど、これを僕はボールのやり取りで例えています。一回の質問や受け答えを1ターンとして、ボールを投げて、そして受け取る。

デザイナーが質問なり要望を伝え(ボールを投げ)て、その返事(ボール)がまた返ってくるんだけど、できるだけボールは向こう(依頼者=クライアント)に預けておく。というか、デザイナーがボールを持つ時間を最小限に詰め、先方には考えたり何かをする時間を最大限与える。そうすることでプロジェクト全体の進行が早くなるし、そして出てくる情報も増えて、デザインする際の選択肢も増えるし正確さもアップする。何よりも依頼者の印象が良くなる。(←ここ大事)

一番ダメなのは、忙しさのあまりお尻に火がつくまで作業できないこと。どちらかと言えば、クライアントに「アレ、どうなってますか?」などと言われることがあるというデザイナーが実は多いと思う。僕も最初の頃はそうでした。ありがたいことに忙しく、多数の仕事を同時多発的に進めるには経験値が足りませんでした。

クライアントにとっては、仕事を頼んでるのは僕だけの場合が多いから、口が裂けても「お宅の仕事だけをやってるんじゃないんです」みたいなことは言わないこと。すべての案件を全力で、持てる力のすべてを使って絶対良くするという気持ちで取り組む。明日、死んでも構わないというくらいに。

僕は一度、自分の思い上がりからすべての仕事を失ったことがあります。本当にあの思いは二度としたくない...


ということで、クライアントとのやり取りをボールのやり取りに例えましたが、相手とのやり取りや情報交換が増える(増やす)ことで、よりクライアントのことも、商品のことにも理解が深まるし、そうなることでまた違う角度での提案や新たなアイデアも浮かぶし、それらがすべてクライアントのためになれば、結果的にデザイナーとして次の仕事も増えることになるんだし、すべて上手く行く気がします。

根底にあるのは、「自分のデザインで誰かの、何かの役に立ちたい」ということに尽きます。そのためにフリーランスになったんだし。



他のフリーランスデザイナーにとって、少しでも参考になれば嬉しいです。
今回もちょっと長い文章になったけれど、最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

グリグラでした。

 



↓ これ、めっちゃ面白いです。ぜひ。

「ない仕事」の作り方 (文春文庫)

「ない仕事」の作り方 (文春文庫)

 

 



印刷とコストについてのちょっとした話

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ガシャンガシャンと高速で刷られる印刷物。僕は現場が大好きです。



どんなデータでも印刷してくれるネット印刷


最近ではWEBから入稿できる印刷、所謂ネット印刷を利用することが増えた。その理由は、クライアントから「印刷は◯◯◯でお願いします」と言われることもあるし、案件によってはコストパフォーマンスが高いと感じる場合もある。昔に比べて紙の種類も増えたし、印刷の質もそれほど悪くないし、対応もきちんとしている。中には気持ち良いくらいの会社もあるくらい。印刷(紙質や様々な加工など)を知っていて、目的と用途を見極めて使い分けるのであればとても良いと思います。

しかし費用が安い分、データ作成から入稿などデータをちゃんと作成し、指定などもしっかりとして、もちろん自己責任で管理しないと加工で間違ったり、思っていたものと仕上がりが違ったりすることが起こります。昔ならの印刷会社に連絡して、営業さんに版下データを送るか直接渡し、どういう加工をするのか、またどんな仕上がりを期待するのかを伝えると、例えば不完全なデータでも完成まで持っていってくれます(修正等が必要な場合でもそのことを伝えて対処してくれる)。そのかわり、印刷費用にはその営業経費や諸々のコストが必要となるため、どうしてもネット印刷よりは割高になってしまいます。逆に言うと、その確認や仕上がりまでの管理などを自分で行うから、ネット印刷はその分のコストが差し引かれて安くなるということ。

最近ではグラフィックデザインや印刷の知識がまったく無くても、またAdobe系のアプリケーションを使わなくても(エクセルやパワーポイントでページもののデータを作る凄く器用な方もいる)、モリサワのフォントが無くても、Macじゃなくても、まったくのド素人でもネット印刷なら印刷物として仕上げてくれます。これは凄いというか、プロのグラフィックデザイナーとしてはある種恐怖を感じるけれど(笑)。昔ながらの印刷会社でも勿論やってくれるのですが、一般の方はまずルートがないし、電話帳(もう使わないよね)に乗っててもそこが良い会社(どのような印刷が得意な会社)かどうか判断できないから結構敷居は高いと思います。


自分で首を絞めた印刷業界

で、ここ20年ほどでデザイン業界の制作工程も変化し、Macの普及によって写植屋さんがまずなくなり、製版がなくなり、ネット印刷の発達で印刷会社も激減しました。元々、印刷業界がいち早くMacを導入し、デザインから印刷までダイレクトにできると推進してきたのですが、僕は当時からそれは「自分の首を締めることになる」と思っていました。結果は、資本力のあるところやアイデアのあるところだけが残る世界となりました。

京都なんかは、紙屋さん、製版屋さん、印刷屋さん、加工屋さん...と小さな会社が流れ作業のようにそれぞれ仕事を分担して成り立っていました。支え合っていたと言っても良いかも知れません。大手の印刷会社が受けないような小ロット、多品種のものづくりをするにはとても良かったのですが、景気の低迷もあり、大手がその小さな仕事まで受けるようになり、またネット印刷などの普及でそれら町の印刷屋さんはなくなってしまいました(と断言してもよい程に減ってきています)。僕の妻の実家も輪転機が2台あるだけの小さな印刷会社でしたが、もう10年ほど前に廃業してしまいました。


印刷費の請求について


若いデザイナー(特に若いフリーランス)が、今あるコストパフォーマンスに優れて便利なネット印刷に頼るのはとてもよく分かります。そして、紙やインクなどにもこだわり、最近ではまた活版印刷に注目が集まっているのも当然の流れだと思います。様々な技術や技法を知ることは、それだけグラフィックデザインをする上での選択肢=デザインする上でのジャッジメントの幅が増えると言うことでもあります。

今回のタイトルを「印刷とコスト」にしましたが、それは若いフリーランスのデザイナーから聞かれる「印刷費をどう請求しているか」との質問に答えたかったから。

仕事を受ける際、見積りを提出して了承を得て、次にラフを作成して提案することが多いと思います。逆に、先にラフを作成してから見積もりをすることもあると思うけれど。

項目としては…

1)プレゼンテーション
2)ディレクション
3)デザイン
4)コピーライティング
5)撮影(またはイラストなどのビジュアルに関する費用)
6)印刷・加工
7)その他

上記の項目が基本となります。


印刷については、通常の印刷会社と組む場合、その印刷会社が了承すれば、僕のクライアントに紹介をして、印刷会社から直接印刷費用についての見積りを出してもらう。そして直接納品、請求までしてもらう。僕のところは「印刷管理費」として入稿の手配だとか、色校正のチェックだとか、データのやり取りだとかの経費などをクライアントから頂戴します。僕のところで印刷物を含むすべての費用を取りまとめて、一括でクライアントへ請求することも勿論あるけれど。
ネット印刷の場合は、クライアントの了承を得て着払いなどで直接お支払いいただき、こちらも「印刷管理費」または「入稿代行費用」としてデザイン及びデータ作成費用等とは別に頂戴します。

昔だと、印刷費用はすべてデザイン会社が管理して、印刷のコストも工程も印刷会社自体もブラックボックスにして、費用については若干不透明なところもありました。取引の性質上、デザイン事務所が窓口となり、費用の回収までするのが業界の慣例でもあり、印刷会社が直接クライアントと接触するのを嫌うという理由もあったと思います。
僕はデザインも含めて、すべて透明で誰にも不利益のない、誤魔化しのないやり方をしたいと独立時に決めました。ましてやブローカー的なことはしたくなかったんですが、実はその手数料的な部分が、利益を生むところでもあるのかも知れません。誰に聞かれても上記のように答えるんだけど、逆にみんなはどうしているのかも知りたいところです。


ということで、印刷のコストと請求方法について、皆さんの参考になれば幸いです。

 



↓ 印刷といえば、この本。めっちゃ、おすすめです。


『いとしの印刷ボーイ』と『印刷ボーイズは二度死ぬ』の2冊(ともに奈良裕己著)
印刷の豆知識も散りばめられてるし、グラフィックデザイナーあるあるで腹筋も鍛えられます(笑

いとしの印刷ボーイズ

いとしの印刷ボーイズ

  • 作者:奈良 裕己
  • 発売日: 2018/06/12
  • メディア: 単行本