デザインの余白

デザイナーの気ままなブログ。デザインのこと、京都のこと、そして気になること。 God is in the Details

五条の陶器祭りと六道まいりから東京オリンピックで佐々木宏氏に注目したいけど、ザハ・ハディド氏のスタジアムも見たかったなと

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京都は五条坂で「京都・五条坂〜陶器まつり」が始まった。地元民は「陶器市」と呼ぶこの祭は、五条坂五条通の川端から東大路までの間)に京都の陶器屋さん、陶芸家、工房などが仮設のお店を出して、五条通が陶器の市場になるイベント。まぁ、毎年この陶器市は暑いんだけど、同時に「六道まいり」(六道珍皇寺)も行われ、京都人にとっては「ああ、墓参り行かなあかんなぁ」と思う季節。

しかし、今年は暑いね〜。

再来年の東京リンピックでサマータイムの導入や甲子園でや高校総体の開催時期などが取りざたされるほど、この暑さが問題になっている。高校野球は夏休みでないとこれだけの大きな大会が開催できないという理由が分からなくはないけれど、ナイターにするとか東京ドームで開催するとか、東北や北海道の球場で開催するなど方法はあるように思う。オリンピックもそうだけど、スポンサーや放映権の都合で開催日時が限定されてしまうとも言われてる。もはやアマチュア精神に則った平和の祭典ではなく、商業主義に則った興行であることは、みなが気づいていることでもあるんだけれど。ただ、建前上はスポーツの祭典、平和の祭典ということなので、せめて商業至上ではなく、選手至上のアスリートファーストであって欲しいものだなと。

ということで、東京オリンピック 2020。
先日、野村萬斎さんが開会式演出の総合統括に就任ということで期待が高まる訳ですが、僕としてはパラリンピック担当の佐々木宏さんが何をされるのかが気になってる。佐々木宏さんを知らないという方は、こちらのWiki(佐々木宏:クリエーター)をご参照ください。元電通でコピライター、クリエイティブディレクターとして様々な仕事をされ、ADCやTCCに始まり、カンヌ広告賞、ほか主要な広告賞を多数受賞というスーパースターで、今も第一線で活躍されています。2020年は、オリンピックも楽しみだけど、いつも以上にパラリンピックにも注目したいと思います。

と言いながら、オリンピックエンブレムとメインスタジアムでケチがついたスタートとなり、今もいろいろと問題が指摘されて間に合うのかとまで言われてるけど、ロシアやロンドン、北京の各オリンピックも間に合わないと言われながらも盛り上がってちゃんと成立したことを考えると、2020年の東京オリンピックも必ず成功するとは思います。たぶん。知らんけど。。

僕としては、ザハ・ハディドさんがデザインしたスタジアムで良かったと思うんだけどなぁ。結果的に費用も変わらないようだし。もしできていたら、ザハ・ハディドさんの遺作となっていたかも知れないし。ああ、見たかったなぁ。

 

佐々木宏 (世界のグラフィックデザイン)

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50才で運転免許を取ることはできるのか その2

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「大御所と呼ばれると仕事が減る」という先輩の意見に、もっともだと思う今日このごろ、今までいい年の男性がなぜ日焼けしたがるのか不思議だったことの答えが分かるような気もする毎日です。まだまだ大御所と呼ばれるには程遠いし、できるなら呼ばれたくない。


さて、前回は少し前置き長くなってしまいしたが、なぜ50才にもなって免許を取ろうと思い立ったかの記録「その1」はこちらをご覧ください。

gridgraphic.hatenablog.com

 

今回は、第2回目。
ということで、デザインの話からは少し逸れます。

自動車教習所へ通いだしてから6日。平日は仕事があるので週末に集中して通うスタイルで、先週の土曜日は学科を3時間、技能教習を2時間、間の休憩を合わせて8時間ほど教習所に居ました。夏休みで土曜日ということもあり、相当数の学生さん達が居るのかと思いきや、僕の想像よりは少ない人数で落ち着いて学ぶことができたように思います。


時速15kmでビビる

で、初めての技能教習(自動車を運転)。最初の1時間は車の各装置(ハンドルなど)の位置と名前、操作の基礎を教わり、教習所内をただグルグル回るだけでした。この30年ほど、助手席か後ろの席で人が運転する車に乗せてもらうだけだったので、まずは運転席からの眺め、景色に違和感があり、ハンドルを握るのもほぼ初めてなので緊張感バリバリ。これまで助手席から偉そうに道を指定していた自分を反省しました。。恐る恐るアクセルを踏み込み(といっても時速20km程度)、ビビりながらハンドルを切ってカーブを曲がり(時速15km程度)ながら、なんとか一周。これを数回繰り返す内に徐々に時速40km程度まで踏み込めるように。

教官が助手席から様々な指導・アドバイスをしてくださるんだけど、前を見てハンドルを握るのが精一杯、アクセルとブレーキを踏むことに集中していて、教官の言葉は半分も耳に入って来ない状態。多くの人が免許を持っていると思いますが、さてどんな感じだったんでしょうか?


恐怖から少し楽しいへ

次の1時間は学科を受けて、その日2回目の技能教習へ。
今度は教官が来るまでにシートやミラーの位置を合わせて、各所チェックの後に運転席でスタンバイ。教官が来るまで車のキーが無いため、暑い車内で待機することに。これから運転免許を取ろうと考えている人は、真夏は避けた方が良いかも。

と少し慣れたこともあり、今度はもう少し思い切ってアクセルを踏み込めた気がするんだけど、キツめのカーブや左右の切り返し、一時停止、車幅の感覚など、情報のインプットが多すぎて若干パニック気味。この回も教官の言葉は、さっきと同様に半分ほどしか耳に入って来ない。ごめんなさい。まだ運転しながらミラーを確認したり、楽しく会話をするなどの余裕はございません(笑

こんなので大丈夫なんだろうかと思いつつ、車を走らせることの恐怖心から徐々に楽しさに変わってきたのを感じ、約1時間の教習もあっという間に終わり。でも僕としては自分の運転に納得ができてなかったけれど、後もう少しでコツを掴めそうな気がしたので良しとしよう。

最後に少しだけデザイナーっぽいことを。
線が歪んでいるとか、部屋が傾いているとか、モノが斜めになっているとかに敏感で線の太さなんかを見分る能力は普通の人より優れていると思ってきましたが、車の幅とか障害物までの距離、運転席から見える様々な距離感覚、視覚について、ほとんど正確に把握できていないことが分かりショック。これは少し慣れが必要だなとは思いました。この感覚を掴んでないと車をぶつけたり擦ったりするよね。
デザインでも最初は真っ直ぐに線が引けなかったり、カッターで紙をきれいに切れなかったりしても、慣れれば美しく正しい線を描けるようになるということをイメージしてもう少し頑張ろう。

この「50才で運転免許を取ることはできるのか」シリーズは、一応合格まで続ける予定で、僕の気持ちがドキドキしている間は続きます。次は学科試験に出てくるヘンテコな文章表現について書いてみようかな。あの意地悪な設問の文章というか、日本語は絶対へん。



僕の通う自動車学校はインターネットで予約ができる(今や当たり前か)とか、Facebookで空き状況を知らせてくれるとか、社会人にはとても好都合なシステムとなってる。昔は学校まで行かないと予約が確認できないとか、空き状況やキャンセル待ちなどについては電話しないと分からなかったりしたようですが、本当に便利な時代になってるなぁと感謝。


50才で運転免許を取ることはできるのか その1

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プロとして30年、結婚して25年、フリーランスとして事務所を立ち上げて18年になる、平成最後の今年に50歳を迎えたデザイナーです。

いやいや、人生は早いものです。あっという間に時間は過ぎていく。

僕は資格や免許というものを何ひとつ持っていない。何かを取ろうと思ったこともあまりないし、協会や団体にも所属したこともないけど、別に何の不自由もなく、何とかなってきました。


免許はいろいろ

資格や免許というと、グラフィックデザインに近いところだと「色彩検定」や「DTPエキスパート」などが思い浮かぶのでしょうか。最近だと「アドビ認定エキスパート」なんて言うのもあるようです。僕が学生の頃、デザイナーを目指した時代にはそれらの資格はほとんどなく、団体や協会もありませんでした。Macも携帯電話もなかったし、インターネットもまだ普及してない時代です。「日本グラフィックデザイナー協会」や「東京ディレクターズクラブ」などはありましたが、そんなのに加入するのは偉いデザイナーだけだと思っていました(笑

そして独立を決めた時も、デザイナー協会などには所属しないで、独りでやっていくのがカッコいいみたいに考えていたし、当時は紹介者となるツテもありませんでした。結局入った方が良かったのか、入らなくても変わらなかったのかは、僕自身経験がないのでよく分かりませんが、もし入っていればまた違う「何か」が起こっていたような気もします。

ま、資格や免許というのは、国や団体があるある一定の基準を決めて、それに合格した人にお墨付き(免許)を与えるものです。最低限度のレベルの保証を国や団体がするということでそれは取りも直さず、その免許を持っているから信用でき、また安心ができるように一般の人にも分かりやすくする制度でもあります。


グラフィックデザインの世界にはその免許・資格制度がありません。なので、いつでも自分がデザイナーと言えば、プロのデザイナーとしての活動が可能です。プロを名乗っても罰則はないはずです(人を騙すような行為は別ですが)。でも、これが建築の世界だと明確な基準があり、厳しい試験をクリアした人だけが建築士を名乗ることを許されます。仕事の範囲も明確に定められ、それこそ無免許で家を建てたりすることは許されません。建築だけでなく、料理や美容、医療などの世界にも免許が存在します。これらは人の命に直結することなので、試験に合格した、国が認めた人だけがプロとして働けるように制度化されているんだと思います。


免許を取る意味

先程も述べましたが、デザイン業界と聞いて誰もが直ぐに思い浮かべるファッションとグラフィックには免許というものがありません(たぶん)。最近ではDTPやカラーリング検定など細かくカテゴリ毎に資格・認定というものがあります。例えば協会を立ち上げて「名刺デザイン検定」などをつくり、「名刺デザイナー 一級」などの認定制度を整えて広く普及させれば、国家資格とはまた違いますが、多くの人が知るということになるのかも知れません。例えばそれが「一級」と名のつくものであれば、それをもつ人、デザイナーがそれこそ「一級品」のデザイン、仕事をするのかと言うと必ずしもそうとは限らないと僕は思います。


免許はあくまでもその仕事に必要な技術、知識、経験を最低限持っているということを保証されたものだから。免許を持っているだけだと、最低限のプロのままでも居られるということで、そこから切磋琢磨していく人は一流、超一流にもなれると思います。逆に免許や資格がないと、普通の人にはそれがどんな仕事でどのレベルかが分かりにくいし、それこそ「ちゃんとプロとして仕事をする」必要があります。僕は、中途半端な免許なんか無い方が、結果的に良い仕事をする人が増えるのではないかと思ったりしていますが、それだと危険なものを扱う仕事などはいろんな意味で不安だらけになりますね。。


ま、免許があろうと無かろうと、良い仕事をする人はたくさんいるし、そうじゃない人もいるけれど、免許や資格はそれを可視化する制度でもあり、人によっては逆にそれを悪用することもできちゃいます。(詳しくは書きませんが……)


50才にして自動車運転免許を取る

あまりにも前置きが長くなりましたが、今日書きたかったのは、「50歳にして自動車運転免許を取ってみる」ということの宣言です。

免許を取ろうと思った理由は、ずっとほぼデザインだけしかしてこなかった僕の何かが変わるような気がしたから。この年になると大体のことはやる前に理解できるというか想像できるし、新しい刺激も減ってきます。知ってることもそれなりにあります。そんななか、まだ自分がやったことがなくて、試験とか学校とか言う少し懐かしい匂いの場所で少し緊張するであろうこと、何かを学ぶことや新しく何かを始める刺激みたいなことを経験したくて、ルーティンな毎日をちょっとだけ変えたくて、自動車運転免許を選びました。船舶でもバイクでも調理師でも良かったし、釣りを始めるとか、盆栽を始めるでも良かったんだけど、車を運転できると次にそれらも楽しむ選択肢が増えるし、行動範囲も広がると考えました。

ということで、これから50才になって随分感覚も反射神経も鈍てしまってるけれど、自動車運転免許を取れるものなのか、また自分の何かが変わるのかなどをリポートみたいにブログに綴って、そして記録に残してみたいと思います。(続くかな?)



先日、入校式というのがあり、緊張しながら行ったのですが、そこは自分の子供くらいの年齢の若い人たちがたくさん居ました。当たり前だけど。指導教官の方々も僕よりも若い人が結構いらっしゃるように見受けました。友人には「免取になったヤバいおっさんが居ると思われるで」と言われたけれど、どうなんだろう(笑

さて、明日は初めての「技能教習」。ちょっとだけ、緊張しております。

 

 

花傘巡行が猛暑で中止されたということで、ちょっと遡ってみた。

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祇園祭の後祭「花傘巡行」が中止になったということで、調べると869年(貞観11年)に始まったとされる「祇園祭」は、今年で1149年も続いています。その馬がい歴史のなかで、祭(巡行)が中止になったのは実は数えるほどしかありません。

◯2003年(大雨で中止) ←これが一番最近
◯1962年(四条通の地下で鉄道延伸工事)
1884年(悪天候)
◯1941年(太平洋戦争)
◯1582年(本能寺の変
◯1467年(応仁の乱

すごい。なんか教科書で見た文字が並んでる。


ということで、3年前の大型台風のときに山鉾巡行が中止になるんじゃないかと言われた時にも記事を書いていました。

gridgraphic.hatenablog.com

 

 去年も祇園祭について書いてたりします。
併せて読んでいただけると嬉しいです。

gridgraphic.hatenablog.com

 
でも僕の知る限り、山鉾巡行神幸祭還幸祭で大雨や台風になったというのはあまりありません。かすめることはあっても、実施されるときは晴れてたりします。(ほとんど現場に見に行ったことはないんだけど)

しかし、今年の暑さは異常ですね。
京都は先週からずっと雨も振らず、37℃〜40℃近い気温です。元々、日本の天災、厄災を払い、国民の平穏無事を祈るための「祇園祭」。平成最後となる夏、このところ続く大雨や地震、日照りをおさめ、皆が安心して暮らせるように祈りたいと思います。


※トップの写真は、今年の前祭 山鉾巡行前の「薙刀鉾」です。




全然話は変わりますが、先日美人画家の鶴田一郎先生の個展に伺った時に、井上章一先生のトークイベントがありました。もう素晴らしく面白かったので、こちらの本を紹介しておきます。京都人(特に洛外出身の方:僕もですがw)は必読の書。
『京都ぎらい』と、その続編『京都ぎらい 官能編』です。「官能編」は必ず後で読むことをおすすめします。

京都ぎらい (朝日新書)

京都ぎらい (朝日新書)

 
京都ぎらい 官能篇 (朝日新書)

京都ぎらい 官能篇 (朝日新書)

 

働くことはそれはそれで大切なことなんだけど、18や22で一生を決めるなんて難しいよね

https://www.instagram.com/p/BkhQFK8FvM4/


先日クライアントと打ち合わせの途中、その会社の社長が僕にこのような話をされました。

ある社外のイベント(レクリエーションに近い)に参加する人には、会社から交通費と費用の一部負担するとして全社員に募ったところ、参加を希望した社員が5名だったと。そのイベントは会社とも取引関係のある企業が主催していて、社長ご自身も参加する予定とのことでした。社長は「そんなに会社関係の行事に参加したくないものなのだろうか」と僕に聞かれました。

僕が会社に勤めていたのはもう20年以上前になるけれど、その頃でも新年会や忘年会、社員旅行といった社内行事はできるだけ参加したくないという人は居たし、仕事帰りに上司や先輩と飲みに行くのは嫌だという人も居ました。でもその頃は「飲みにケーション」という言葉があったように、会社が費用を負担する飲み会(タダ酒が飲めること)を喜ぶ人の方が多かったような気がします。
現在では個人のプライバシー保護や業務時間外の自由とその確保に努め、仕事以外での付き合いの強要などはパワハラになるなど、昔に比べると個人の権利が守られるようになったと思いますが、それゆえに少し窮屈で僕なんかは余計に気を使うことも多くなりました。

というような話をしていて、「嫌なら会社を辞めれば良い」という意見がもあり、僕自身がフリーランスということもあって、働くということについて少し考えてみました


高卒で18歳、大卒で22歳。その時点で長い人生の設計をしなければならない不思議

現代では多くの人が高校もしくは大学まで進学、卒業するようになったと思います。ほとんどの人が高卒時点で18歳、大卒の場合は22歳の学校卒業と同時に就職をするべく準備をするはずです。僕の場合は18歳で高校を卒業後、大学に進学するか就職するか非常に悩みました。高校1年生の時に父を亡くしたこともあり、大学進学のための費用と母親に掛けてしまう負担を思い、奨学金を得てなお推薦を受けて大学進学する道もありましたが、奨学金は返済しなくてはならず、大学で何を学べば良いのかも自覚していない状態では、学費が無駄になると考えて就職する道を選びました。しかし、いざ働くといってもやりたい仕事や働きたい会社があった訳ではありません。そこで、父の墓があるお寺の住職の勧めもあり、小さい頃から好きだった仏像を彫る工房に弟子入りすることを試みます。しかしその工房の師匠からは、僕が運慶快慶ほどの才能の持ち主でも無い限り、その世界で食っていくことが非常に難しいということを聞かされ、結果的に断念しました。

家業が仏像関係でないということは、ルートがないため余程の才覚と技術がない限り新規参入というか、一本立ちすることは難しいこと、仮に弟子として修行を積んでも一生弟子=師匠の工房で職人として生きる道のどちらかを選ぶことになると。18歳(実際には17歳)の僕は自分の10年後、20年後、50年後を想像し、その道で生きていき、しかも成功する姿を想像することができませんでした。そんな自信も目論見も持てませんでした。ただ、これから将来的には年老いていく母をしっかりと守らなければならないという覚悟のようなものしかありませんでした。

というように、17〜18歳の時点で、人生が70年〜80年あるとして、その一生を決めるかもしれない判断などできようはずもありませんが、それを決めなければならないのです。最終的に僕が出した答えは、高卒と同時に1年間働きまくって資金をため、専門学校に行ってデザイナーになる。そして10年後に独立して起業するというものでした。


専門学校で教わった技術はそれほど役立たなかったけれど、人との出会いは宝となった

1年間アルバイト三昧の生活をして専門学校へ入学した後もアルバイトを続けながら2年間の学生生活を楽しみ、その2年の間の春休み、夏休み、冬休みには、大阪や京都のデザイン事務所や先生に紹介してもらった会社などにデザインを学びに行くことをしていました。今のようにネットも携帯電話もない時代ですので、すべて電話で直接アポイントを取っては、「タダで働かせてください」と履歴書とポートフォリオを持って回るようなことをしていました。時代はバブルの末期(実際はバブルが弾けた後なんだけど、デザイン業界はまだその余韻で潤っていた状態)で、猫の手も借りたい会社は山のようにあり、タダで働いてくれるならと結構な割合で潜り込むことができました。

そして、資料探し、原稿を届ける、撮影時の小道具集め、版下作業やラフ制作などの作業をしながら、色んな先輩デザイナーの仕事を横目で見ては独りメモを取ったり、夜中に真似てデザインをしたりする日々を送っていました。そして専門学校卒業時には、そのなかの一社から「自分、うちで働くか?」という感じで、そのまま就職するという事になりました。

この専門学校時代の同級生、先生、そして就職した会社でのたくさんの人との出会いがとても大切で、現在のデザインの基礎になるものばかりが凝縮した濃密な期間だったように思います。専門学校で教わった様々なテクニックや知識のようなものは、今思えば就職後に粉々に砕ける程度の深さと内容だった気がします。それでも、この期間があったからこそ今があると思います。


実は僕の卒業した専門学校は京都では最も古いデザイン系の学校で(現在は無くなってしまい残念だけど)、ここの卒業生であることを僕は誇りに思っていたりします。で、Facebookにも卒業(最終学歴)として表記しているんだけど、他の卒業生はここを卒業したことを隠すというか、若干恥ずかしいと思っているフシがあるのです。京都には芸大を含めて大学がたくさんあるからなのかな?事実、同期のみんなからも、うちの学校を卒業したと堂々と言ってるのはお前くらいだと言われるほど。でもその甲斐あってか、現在ニューヨークで活躍されている大先輩からFacebook経由で声を掛けて頂くなんてこともあったりしました。

 

 何度でもやり直せば良いし、そうなるような仕組みがあれば良いのかも

長々と僕の高校卒業から就職までの経緯をお話しましたが、僕が「働く」ということで考えたというか、思ったこと。

  1. 18歳や22歳で人生を決められない(多分ほとんどの人がそうじゃないか)
  2. 仮に18歳で就職して、2〜3年で道を変えても良いんじゃないか(ということを普通にできるようになる)
  3. 色んなことを試しながら、好きな仕事とかやりたい仕事とかを見つけられるようになれば良い
  4. ということは、小中高校での学び=教育が大切なんじゃないか
  5. 働く前に教育(様々な知識を得ること)が大切で、また何を学ぶかも自分で選択でき、そして生きる事・方法を学ぶ必要がある
  6. いっその事大学まですべて無償化して、全員22歳までは学ぶ社会にすれば良いんじゃないか
  7. 例えば18歳で高校卒業時に就職して、それから35歳で会社やめて、そこから大学に入って専門的なことを学び直すみたいなことが可能なら理想的かな 


現在の日本のシステムで、そういう生き方は難しいと思います。一部上場企業や国家公務員であれば、限りなく一生「職」=「収入を得る」という面での不安は軽減できます。そして、その大企業や国に勤めて安心を得ながら、その中にやりがいのある仕事を見出すこともあるし、それを選び目指すことも自由です。日本の99%が中小零細企業と言われますが、その中小企業でも世界を相手に凄い仕事をしていたり、とんでもない技術を持った人が居たりするし、そういう世界で生きることもひとつの答えです。また自分を探しながら、職も色々と変えながら生きていくことも自由だと思います。ただどんな生き方であろうと、自由を得るにはその分の努力が必要になります。そして、そのことを理解する程度の人生経験や大人度みたいなことは必要にはなると思います。


と、結局何が言いたかったのか微妙ですが、働くことが幸せを得るためのひとつの方法かも知れないし、働ける場があるだけでも幸せだし、働くことそのものに幸せを感じるのかも知れません。僕は働く=デザインすることで、一人でも多くの人の役に立ったり、喜ばれたり、そのデザインで誰かが幸せになったりすることが、僕の幸せで生きがいだと感じています。みなさんはどうでしょうか?