デザインの余白

デザイナーの気ままなブログ。デザインのこと、京都のこと、そして気になること。 God is in the Details

なんかモヤモヤしてること

かなり前から不思議に思っていて、ずっと頭の片隅にこびりついてる感じのものがいくつか。。
世の中には割り切れないことや理不尽なことがたくさんあるんだけれど、そんなことは分かった上でこの謎に向き合うとある言葉が思い浮かびます。


不毛


考え過ぎで頭がハゲそう、という訳ではありません。
明確な答えが見えないだけでなく、どうしていいのか分からない壁に囲まれた気分になります。


そのひとつは「原発」について取り沙汰される事柄について。
原発の是非ではなくて、それによって言われている様々についてモヤモヤするのです。

色んな人が、それこそ有識者と呼ばれる先生や研究者、また政治家、市民運動家、メディアなどなど、原発の是非について様々な意見を展開して久しいんだけど、細かい各論やディテールの違いこそあれ、全体の方向がてんで見えない。原発を肯定するのも否定するのも様々な意見が出るのは良いと思うし、議論するのは大切だと思います。そして僕には何が一番いい方法なのか分からないけれど、何となく「原発だけに依存するのはやめた方が良さそう」ということくらいは分かる。というか感じています。


で、なにがモヤモヤするかというと…


まず、僕の考え。

原発は近い将来なくしてしまう方向で、現時点では再稼働する。同時に予算を組んで代替エネルギーの可能性を模索、研究開発を行う。当然、福島のような悲劇が二度と起こらないように防災対策を最優先で行う。それこそ世界中の研究者を集め、いつまでに実施するかの目標と期限を決めて検証・研究・開発を行い、それによって得られた技術や知識などは世界に向けてオープンにすればいい。そして、代替エネルギーについても同様にすれば良い。これらを国連なんかでは色んなしがらみや国ごとの思惑が交錯して進まないから、日本が独自にやって、それを平和的に世界の人々の役に立つものとするべくどんどん進める。

というもの。そして、ここからがモヤモヤポイント。

原発推進派の方々は、原発を再稼働させないことのデメリット(逆に言うと再稼働させることのメリット)を訴えているだけで、将来的なビジョンが見えませんし、「原発は安全」ということの実感もないし、リアリティもありません。また、原発反対派の中の特に即時廃止派の意見だと再稼働はダメ、原発は勿論ダメ、それによる電気代の上昇もダメと、何でもかんでもダメということで、「じゃ、具体的にこれからどうするの?」と言ったビジョンがこれまた全く見えない。即時廃止で全国にある原発廃炉にしたとしても、今ある施設やプルトニウムなどをどこに持っていくというのか?原発の替りのエネルギーはどうするのか?とモヤモヤが募ります。

そして、人体に強い悪影響があるのなどの恐怖心を煽るだけで、それをどうすれば防げるかについては国や電力会社の責任だからそっちでやれ的なのは無責任すぎるし、そんなことは誰でも言えるし、みんな分かってる。この間の東京都知事選挙でも争点にしようとして、そうならなかったのはこの辺りだと思うし、このままだと未来は暗い、希望もないみたいなことだけを言うのではなくて、未来や近い将来が何となくでも見えて、少しでも明るい希望が持てるようなビジョン、政策に期待したんだと思います。当選した知事の掲げた政策がベストとは思わないけど、それでも他の候補よりは先が見えたのではないかと思います。


この国の根幹に関わる事柄で、しかも今日本で生活している人々よりも、これから生まれてくる同じ日本人に物凄く影響のある話で、当然だけどこれから生まれてくる世代の人には意見なんて言うことが出来ない問題。この国自体が豊かになることと、この日本に生きる人間が一番幸せになれる方法を考えて、将来を決めていくことができる、そんな答えが出てくれば、このモヤモヤはなくなるはずなんだけど。。

 

「反原発」の不都合な真実 (新潮新書)

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池上彰が読む小泉元首相の「原発ゼロ」宣言

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